LOGO 株式会社クロスリンク・コンサルティング
セキュリティポリシーお問い合せ

会社案内コンサルティング事例紹介掲載記事情報コラムサイトマップ

コラム

コラム

事例紹介
トップページ > コラム > 第3回 職場の変遷



  第3回 職場の変遷
 
2007/01/10 (Wed)
シニアディレクター 小杉 寛 

私は、団塊の世代というのもおこがましいが、1972年に社会人になり、以来、ソフトウェア開発に携わって来た。もう35年も経っている。未だ、ソフトウェアの開発現場にいる。当時に比べ、昨今の職場とは風景がかなり違う。
一寸、昭和50年頃を思い出してみよう。

まずは、机の上。当然、パソコンなんて物はない。紙と鉛筆(シャーペンであった)。紙はA4版。ブロックシートとコーディングシート。そうそう、フローチャート用紙もあった。いずれも、薄いやつ。当然、今のコピー機(この頃には、既に今のコピー機もあったが用紙が高かったので容易には使用させて貰えなった)ではなく、湿式の青焼きが主流。アンモニア臭い乾式の青焼きと称するものもあったが、納入物以外は使用禁止。(1枚何十円とかいって高かった) 光を通してのコピー。使える用紙は薄手だ。書いては消し、書いては消し、挙句に書き直し。大変な思いをしていた。また、先日の仲間との会話で、当時使っていたフローチャート用の定規をいまだ持っているなどとの思い出話を交わしている。私自身も当時使用していたシャーペン・定規・字消し板など、更には机上用の刷毛など、持っている。とにかく、一つの提供物を作るのも一苦労。非常に神経を使っていた。

当時、かなりのメンバーの机には、灰皿が・・。吸殻の山。一寸悩むと一服。前や隣の席の女性、よく我慢してくれたと思うと感謝、感謝。机の表面には、タバコの焦げ跡が目立っていた。机の上の紙類も焦げ跡とインスタントコーヒーの溢した跡がチラホラ。

タバコが出た所で、次にコミュニケーション。当時の職場は喧騒的と感じる。電話がリンリン。今のメール時代とは異なり、電話が主流。応対の会話が飛び交っていた。併せて、回覧の資料の山。何週間も前の回覧物が資料の下からニョッキリ。あっ、まだ他の人に回してない。こんなことは当たり前。会議欠席など、四六時中約束事が放置されていた。よくこれで、仕事が回っていたと感心させられる。残業は月100時間以上。こんな非効率な仕事の仕方では当たり前か。でも、作ったソフトには自信満々。

何故、自信満々か?今のTRY&ERRORなんてやってられない。自分のミスやエラーがどれだけの時間のロスに繋がるか?どれだけのメンバーの作業に影響するか? コーディングシートにプログラムを記述して、カードパンチを依頼する。出来あがったカードを一枚一枚、コーディングシートと照らし合わせ、間違いがないと判断して、コンパイルとリンク作業。身近にマシン(コンピュータ)があるわけではない、かつ、与えられたマシン時間は夜中の時間帯。コンパイルとリンクは当番制のマシン作業。当番の方に作業をお願いする。後は、ひたすら結果を待つのみ。朝、結果を聞く。「こら、おまえ、また、コンパイルエラーが出たぞ。罰金100円。違う、2つ在ったから、200円徴収。あーあ、また、1日遅れた。」と、リーダからのつらい一言である。間違えたカードを恨めしく見つめて、修正カードをよく作成したものである。だからこそ、作業をお願いするときには、自信の無い素振りは見せられなかった記憶がある。「自信が無い」と言えば、強制的に自分が当番にさせられるのである。忘年会などの飲み会、徴収された罰金での酒の何とほろ苦かったことか?

当時の作業計画は、さすがにゼロベースの開発のため、1〜2年の長期開発。スケジュールに対しては、かなり気持ちの余裕はあったが、人に如何に迷惑を掛けないか? 人との接点に非常に気を使っていた。所謂、ヒューマンコミュニケーションだ。当時、よくコミュニケーションを大切にしよう、と言って、使っていた言葉を思い出す。
・3つの『わ』… 『和』 『輪』 『話』
・3EはE管理者 … 『Enjoyment』 『Entertainment』 『Excitement』
これは、現在のプロジェクトにも当てはまる。昔を振り返り、ツールは最新版に。生産性は当時に比べれば、異常なまでに向上している。作る作業から使う(使いこなす)作業に変化している。しかし、人と人との触れ合いは変わらない。当時の言葉は今も生きている。これがプロジェクト管理の極意と思う。


Page Top



Copyright (C) 2008 CrossLink Consulting, Inc. All Rights Reserved.